柴門連句会のこと

柴田 南雄

 わたくしは書斎を月に一度、ある集いの場に提供している。分析化学の泰斗、木村葉山(健二郎)先生を宗匠に、俳句同好のご婦人方にわれわれ新入りも加わり、連句の第一歩から手ほどきを受けて「柴門連句会」を始めたのが三年前。わたくしも時間のある限り出席し、このきわめて日本的な創造の「遊び」を楽しむ。 六年前、小林健次、一柳慧両氏からヴァイオリンとピアノの合奏曲を依頼された時、芭蕉の「狂句こがらしの」の連句を題材に、句数と同じ三十六の小曲を連接してモザイクふうな 『歌仙一巻』 を仕上げた。だが、元来この形式への興味をかき立てられた発端は、石川・安東・大岡・丸谷四氏の闊達自在な歌仙、あのモンロー・ウォークにまで連想が飛躍する「新酒の巻」によってであった。 とにかく、連句は西洋の芸術創造の対極点にある。それは集団の協同創作であり、モチーフは他人の前句から抽出される。鑑賞しながらの創造であり、江戸以前と現代の合一でもある。がんじがらめの規則をすり抜けての、即興的ファンタジーが要求されるが、採用された決定稿が後刻、さばき手によって呆気なく修正されたりもする。全体は非論理的、非直線的な観念の流れで、その様相はじつに現代的で面白い。わたくしの作句は、しばしば読みあげられた途端に一同の笑いを誘うが、どこかに規則はずれのうっかりミスがあり、没になるのが落ちである。

(朝日新聞『仕事の周辺』昭和六十年六月二十日)

柴門連句会(第1回-第36回)

柴門連句会(第37回-第58回)

木村葉山(健二郎)追悼歌仙

柴田南雄 追悼歌仙


柴田南雄が遺したもの サンガクシャ