☆
はじめに
 1969年5月、柴田南雄は東京藝術大学教授の職を辞した。53歳、定年までまだ14年あった。「時間が足りない。芸大をやめたい」と四六時中聞かされていたから、私は驚かなかった。
 1966年に教授に昇任してから、附属図書館の評議委員や芸大評議員など役職は増える一方で、会議の数も時間もうなぎのぼりだった。70年安保を控えて学生運動は盛りあがった。芸大では、音楽学部は美術学部ほど尖鋭でなく日和見集団などと馬鹿にされていたが、大学側としては放置するわけにはいかなかった。
 柴田が辞任を決意したのは、教授たちによる校門の夜間の警戒が提案されたときだったと思う。「あのとき、うちでは誰も反対しなかったな」とのちに柴田はよく言ったものだが、そのとおりだった。私は、辞職によって生じる経済的な問題の対策を考えるほうが先だと思っていたし、1970年、南原繁氏に学士院院長のポストを譲って「予は完全に肩の荷をおろすことを得て光風清月の思いなり」とその日の日記に書いた父雄次は勿論、明治生まれの頑固さで、もと専門学校の芸大は大学ではないと思っている母ナミにも何の異存もなかった。柴田が一番心配したのは私の実家の母だったが、それも「男の方は、やりたいと思うことをなさればいいのですよ」の一言で解決済みとなった。
 1970年3月にEXPO'70で電子音楽を担当し、6月にストックホルムの「音楽とテクノロジー―テクノロジー時代の作曲家」会議に出席して講演したのも、退職後の自由な身分のおかげだった。
 柴田が余勢を駆って7月にヨーロッパの音楽祭をまわると言い出したとき、母ナミは強硬に反対した。「この前(1960年)はドイツ政府のご招待だから良かったけれど、一人旅はいけません。純子さんも一緒にいらっしゃい。」 「でも子供たちがー」と言いかけると「目白のおばあちゃまに預かっていただきましょう。」この一言で私のヨーロッパ行きは決定した。
 3人の年子はこの年全員が小学生になり、元気な母は3人を連れて、姉夫婦が住む清水市へ何日か遊びに行った。私は南雄の健康に注意を払い、見たもの聴いたものを記録し、翌日のオペラに備えて筋書きを読んでおくという、夢のような一月を過ごすことになった。その結果がこれからご覧になる手紙の山なのである。
 
当時、航空運賃の家族割引はなかったらしい。なんとか団体割引を利用しようと、スケジュールを一緒に考えてくれた旅行会社の社員が名案をひねり出した。それがヨーロッパ音楽視察団である。団体を形成している限り参加者が何人でも割引運賃が適用される。柴田と私はただ二人の参加者として旅立ったのである。
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ヨーロッパ音楽祭視察団 旅行期間: 1970年7月28日-8月26日(30日間) 総経費:579,750(内航空運賃 363,750 陸上運賃 216,000)  | 
   
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| 日次 | 月日 | 都市名 | 発着時刻 | 交通機関 | 適要 | 
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 7月28日(火) | 東京発 | 22:30 | JL403 | 午後8時50分 日本航空カウンター前集合 通関手続後、北極経由パリへ  | 
    
| 2 | 7月29日(水) | パリ着 パリ発 ミュンヘン着  | 
      08:55 10:15 11:35  | 
      LH389 | 到着後のりつぎにてミュンヘンへ 着後ホテルへ休息  | 
    
| 3 | 7月30日(木) | ミュンヘン | 終日市内視察 音楽堂、ヴァイオリン工場見学  | 
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| 4 | 7月31日(金) | ミュンヘン | 音楽業界視察 | ||
| 5 | 8月1日(土) | ミュンヘン | 市内見学 夜、オペラハウスへ  | 
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| 6 | 8月2日(日) | ミュンヘン発 ザルツブルク着  | 
      列車 | 午前、列車にてザルツブルクへ 着後ホテルへ  | 
    |
| 7 | 8月3日(月) | ザルツブルク | ザルツブルク音楽祭へ モーツァルト歌劇見学  | 
    ||
| 8 | 8月4日(火) | ザルツブルク | ザルツブルク音楽祭へ ベートーベン歌劇見学  | 
    ||
| 9 | 8月5日(水) | ザルツブルク発 ウィーン着  | 
      列車 | 午前、列車にてウィーンへ 着後ホテルへ  | 
    |
| 10 | 8月6日(木) | ウィーン | ベートーベンハウス、楽聖のねむる墓地等見学 午後、シュールンブルグ宮殿へ  | 
    ||
| 11 | 8月7日(金) | ウィーン発 ベニス着  | 
      15:20 16:25  | 
      AZ259 | 出発まで自由 午後、アリタリア航空にてベニスへ 着後ホテルへ  | 
    
| 12 | 8月8日(土) | ベニス発 フローレンス着  | 
      列車 | 列車にてフローレンスへ 着後ホテルへ  | 
    |
| 13 | 8月9日(日) | フローレンス | 市内見学 サンタマリヤデルフィオーレ寺院、天国への門等見学  | 
    ||
| 14 | 8月10日(月) | フローレンス | 午前、ポンテベッキオ橋見学 午後、自由行動  | 
    ||
| 15 | 8月11日(火) | フローレンス発 ミラノ着 ミラノ発 ミュンヘン着  | 
      20:35 20:40  | 
      列車 AZ428  | 
      列車にてミラノへ 着後アリタリア航空にてミュンヘンへ出発 着後ホテルへ  | 
    
| 16 | 8月12日(水) | ミュンヘン発 バイロイト着  | 
      列車 | 午前、列車にてバイロイトへ 着後ホテルへ  | 
    |
| 17 | 8月13日(木) | バイロイト | バイロイト音楽祭見学 | ||
| 18 | 8月14日(金) | バイロイト | 希望者はワグナー歌劇鑑賞 | ||
| 19 | 8月15日(土) | バイロイト | 同上 | ||
| 20 | 8月16日(日) | バイロイト | 同上 | ||
| 21 | 8月17日(月) | バイロイト | 有名歌劇見学 | ||
| 22 | 8月18日(火) | バイロイト | ワグナーハウス見学 | ||
| 23 | 8月19日(水) | バイロイト発 ストットガルト着 ストットガルト発 パリ着  | 
      17:20 18:35  | 
      LH262  | 
      午前、列車にてストットガルトへ 夕刻ルフトハンザにてパリへ  | 
    
| 24 | 8月20日(木) | パリ | 一日市内見学 ノートルダム寺院、コンコルド広場、サクレクール寺院  | 
    ||
| 25 | 8月21日(金) | パリ | 一日自由行動 | ||
| 26 | 8月22日(土) | パリ発 ロンドン着 ロンドン発 エディンバラ着  | 
      13:30 14:25 17:10 18:30  | 
      AF816 BE5400  | 
      午後、エールフランスにてロンドンへ 英国航空にてエディンバラへ  | 
    
| 27 | 8月23日(日) | エディンバラ | エディンバラ音楽祭見学 | ||
| 28 | 8月24日(月) | エディンバラ | 同上 | ||
| 29 | 8月25日(火) | エディンバラ発 ロンドン着 ロンドン発 コペンハーゲン着 コペンハーゲン発  | 
      09:35 10:55 12:15 14:15 15:30  | 
      BE5371 SK502 SK987  | 
      午前、英国航空にてロンドンへ スカンジナビア航空にてコペンハーゲン経由北極まわりにて  | 
    
| 30 | 8月26日(水) | 東京着 | 16:45 | 東京へ着後解散 | 
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